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Everyday is a New Adventure.

おれの人生。おれが主人公

昨今の残業バッシングの風潮について思うこと

【07】社会問題に敏感になる。答えを持つ

〈元記事〉

〈今回の位置付け〉
明治安田生命の残業時間の"理想"と"実態"に関するアンケート調査結果を目にした。
普通ではない残業をしつつ、チームメンバーの残業時間を日々気にしている中間管理職なおれとして、思ったことがあったので、それを残しておくもの。

〈目次〉

記事内容

新入社員1,109人(平均22.8歳)、上司に当たる社会人735人(平均44.5歳)に対して、明治安田生命がインターネットで調査したもの。

記事とソースのpdf(P.12)によると、

  • 新入社員の1ヶ月あたりの理想の残業時間は"17.9時間"


  • 上司(社会人)の1ヶ月あたりの理想の残業時間は"14.5時間"


  • 上司(社会人)の実際の残業時間は"24.7時間"

→新入社員の理想"17.9時間"、上司の理想"14.5時間"と、現実"24.7時間"には大きなギャップが!と。 同社は、「電通の過労死問題を受け、残業を少なくしたいという思いが表れているのでは」と分析する、とのこと。

思ったこと

"理想"と"現実"に大きなギャップが!って言うけどさ

新入社員の理想と上司の現実の差って、6.8時間(=24.7-17.9)だよね。これって20営業日換算で20分/日だよね。20分。。

同社は、「電通の過労死問題を受け、残業を少なくしたいという思いが表れているのでは」と分析する、と言うけどさ

電通の被害にあわれた方の勤務実態を詳しくはわからないのだけど、月100時間超の残業+αの要因が原因だったんじゃなかったか。

過労死を気にする必要があるのは、せいぜい81時間以上残業してる2.7%の人くらいであって、この全体ホワイトな平均値の話をしてる世界で、電通の過労死問題を要因にあげるのは的外れではないか。

月20時間以下(1日1時間以下)が"現実"で3割いて、"理想"で50%って、もともと健全な範囲の残業の人20%が、定時で帰りたいと思ってる、ということが多勢なのでは。それって過労死関係無くないか。

総社会人ゆとり化の懸念

"時間"あたりの"成果"をあげてく必要がある、っていうのが社会の風潮としてあるのはわかるし、働く身としてもそうしていかないとならないと思う、過度な残業を抑止する必要があるしハラスメントも撲滅されるべきと思う。
それに、働く時間が長くなればなるほど給料が増える残業代という制度もまた、おかしなものだと感じてる。

ただ、一人一人があげる"総成果量"を減らしてはならない。このことを意識している人がどのくらいいるのだろう。

明日できることは明日に、って、早く帰る建前としてはごもっともだけど、それを今日やっていれば明日はまた新しい価値を生み出せたわけで。

そんなふうに1日1日の後回しが、雪だるま式に膨らんでいって、結果日本人1人1人の"総成果量"が大きく減って、グローバルで見た時の競争力の減退とか、経済の縮小とか、そういうふうになるんじゃないかと気になる。

あとは、残業は残業で多くの時間をつぎこんできたことによって、成長した(自分の仕事の1時間あたり生産性があがった)と思える面もあったりする。

その経験を積む時間をカットすることで、いままでの人たちと比べると全体の成長のスピードは鈍化するだろう。
そして恐らく、長時間働くことで成長してきたような層はいなくなるので、いまよりもっとできる天才的な人と、普通の人との差は広がる気もする。

別に、長時間労働推奨派でもなんでもないけど、それを乗り越えて伸びてきた気もしている自分にとっては、すべての残業は0になるべきもの、のような語られ方をすると、違和感を感じざるを得ないのだった。

それに、これまでの日本を作ってきた人たちは、想像でしかないけど、働いてる時間なんて数えず没頭して価値を作ってきたのではないか。
その行為自体が否定されているように思えるのと、もうそういった人たちは出てこなく(なりにくく)なるであろう未来を思い(特に大企業)、なんだか複雑な気持ちになる。